ルイス・バラガンの家

ルイス・バラガン邸

メキシコシティのごく一般的な住宅地に、建築家や建築をまなぶ学生が世界中からおとずれる、聖地のような場所があります。建築家ルイス・バラガンの自邸です。

ピンク色の壁、浮いているような階段、空しか見えないテラス・・・

建築家が40年住みつづけ、手を入れつづけたその家は、バラガンが暮らしていたころのまま、まもられています。

メキシコがほこる世界遺産であり、テレビや雑誌でもよく紹介されているので、なんとなく、立派で、おしだしのつよい建物と思いがちですが、じっさいにたずねてみると、ひっそり、という言葉がふさわしい、静謐な家です。

バラガンは地方都市グアダラハラで生まれ、33歳のときメキシコシティに移り住みました。上京後 5~6年のあいだは、建売住宅の設計を数多く手がけています。彼自身は、そのころの仕事に満足していなかったようですが、いま見ても、簡素で、なかなかよいです。

バラガン邸の外観はそっけない。それと知らされなければ、たいていの人は、20世紀を代表する建築家の自邸と気づかないでしょう。メキシコシティの中心ソカロ広場から南西へ約7キロ、チャプルテペック広場のそばにあり、タクバヤという庶民的な地区の家並みにとけこんでいます。

外観でやや目立つのは、箱形の建物から突き出ている白い塔(なかに螺旋階段がある)と、道路側の壁にある、大きな磨りガラスの格子窓くらい。








入り口はガレージの右横にあり、それもまた、簡素きわまりのない鉄製のドアで、外壁のドア右側にかかれている「14」は、「フランシスコ・ラミレス将軍通り」の番地をしめしていて、格子窓の右にも同様のドアがあり(そちらは12)、事務所用の出入口。


バラガンはこういっている。「建築は内側から考えるべきです。」つまり、建物の外観は、考えぬかれた「内側」の結果にすぎない。ということでしょう。

玄関(Porteria)1階

扉上部のガラスが黄色に塗ってあるため、入り口扉を閉めると空間が黄に染まる。ベンチは黒柿、床にはメキシコシティ郊外の溶岩が用いられています。

ホール1階 

玄関に入り、ドアを閉めると、白い壁が黄に染まる。ドア上部の窓が黄色に塗られているため。玄関はせまく、ほそながい空間で、その奥のドアからバラガンはあらわれ、客をむかえた。背後に、こんどはピンク色の壁が見えます。

玄関をくぐりぬけてホールに立つと、空間の印象は一変する。天井は高く、吹き抜けもあり、どこからか自然光がふりそそいぐ。こうした仕掛け・・・暗く閉じられた場所から明るく開かれた場所へ、という手法を、バラガンはよくもちいたものです。

ホールは、バラガン邸の「ハブ」。玄関、リビング、食堂、台所、そして中2階や2階へゆき時も、いったんはここを通ることになリます。バラガン邸は迷路のようだとよくいわれますが、ホールをハブと考えれば、そうでもありません。また、何度通っても、この空間はいいものです。時間や天気によって光の見え方がかわり、空間のイメージが異なります。

リビングルーム(Estancia) 1階

ホールの階段の向かい側には、リビングへ通じるドア。自邸の家具はすべてバラガン自身のデザインだそうです。照明器具については、天井灯はひとつもないようです。

ドアを開けると、豚革製の衝立があり、リビングの全景は見渡せない。

リビングルームへはホールのドアから入りますが、扉を開けても、室内の様子はわからない。まず銀色のボールと木彫りの聖母子像が置かれた小空間があり、そこには屏風が立てられていて、視線がさえぎられる。ただし、高い天井と木の梁が見える。光の感じから、窓があるということもわかる。来訪者はなにかを予感し、期待をする。

そして、期待をうらぎらない。サッシを十字に組んだ大きな窓からの庭の眺め。バラガンは花よりも、葉の緑を愛した人だった。草木の緑はすべて違う色だ、ということを、くりかえし語っていた。

室内の床と、ペドレガル産の溶岩を敷いた庭の地面が同じ高さなので、室内と庭が、空間として連続する。また、天井の梁や、床の板張りが庭のほうへのびていることも、その印象をつよめている。窓は西向きである。

リビングルームの「十字窓」。手前の書見台の足も十字だ。窓は西向き。午後3時の陽光に木々の緑が美しい。

早朝6時ころのリビング

夜8時ごとのリビング

庭(Jardin)

リビングから庭へ出たところにある溶岩製の水鉢。

奥のくぐり戸はパティオヘ

バラガンは庭をつくることを、建物の設計とおなじか、ときにはそれ以上に大切なことと考えていた。庭はたたずみ、歩きまわるための場所であるだけでなく、眺める対象でもあった。この家では庭に面した窓の大きさ、高さなどが、各部屋ごとにことなっており、なのでそれを見れば、バラガンがその部屋で、庭の恵みをどのように享受しようとしていたのかがわかります。

いま、自邸の庭はかなり鬱蒼としているが、それは歿後にそうなっってしまったわけではない。竣工当時は木も少なく、広々とした芝生の庭だったが、しだいにバラガンは草木をふやし、剪定もあまりしなくなった。「庭づくりは想像力の仕事」というバラガンの言葉と符合するかもしれない。

リビングから庭へ出ると、溶岩の敷石のアプローチがあり、そこをすすむと、芝生のちいさな場所がある。鬱蒼とした庭のなかで、そこだけがひらけていて、明るく、空が見える。

書斎(Biblioteca)

当初はリビングと書斎をへだてる壁はなかったが、居心地がわるかったのか、すぐに、人の背丈より少し高い仕切り壁をもうけられた。それにより、バラガン邸の中心となるふたつのことなる性格の部屋を明確にゾーニングしつつも、一体とした空間となっている。

リビングが自然のうつろいにむきあう場所であるとすれば、外が見えない書斎は、みずからの内面に向きう場所だ。バラガンは、設計の実作業こそアトリエでおこなったが、そもそものアイデアを考えたり、本や画集をみたり、気心の知れた友人と語り合うのは、書斎のソファだった。

また、書斎には、有名な木の階段がある。中2階へ上るためのもので、段板が壁に深く差し込まれて、浮いているように見える。

ゲストルーム(Habitation de huespendes)

中2階へは、書斎の階段だけでなく、ホールの階段踊り場からもゆくことができる。黄金のゲーリッツの絵の横のドアを開けると、短い廊下があり、右に来客用の寝室、左に来客用のちいさなリビングがある。

リビングのドアの手前には、おそらくスペイン統治時代の、メキシカン・バロックの聖像が立っている。全身が金色で、しかも真上から黄色の光をあびているので、光っている。バラガンは熱心なカトリック信者で、自邸には多くの聖像が飾られている。

中2階の部屋、ゲスト用の小さなリビング、ゲスト用寝室の窓には、共に部屋カーテンはなく、4枚の板で光を調整する。その方法は、グアダラハラの伝統的な家屋にならったものだという。

部屋の配置図

 

1/玄関
  2/ガレージ
  3/ホール
  4/リビングルーム
  5/書斎
  6/ダイニングルーム
  7/朝食室
  8/台所
  9/アトリエ
10/オフィス
11/パティオ
12/ 庭
13/ゲストルーム
14/ラウンジ
15/寝室
16/衣装室
17/テラス
18/使用人部屋
19/洗濯室